ニッシー
1990年生まれ
血液型 O型

こんにちは。ITブログアルケーナム管理人のニッシーです。

詳細プロフィールへ

お問い合わせへ






プロフィール


ニッシー
1990年生まれ
血液型 O型

こんにちは。ITブログアルケーナム管理人のニッシーです。

まずは自己紹介から。










自己紹介



地元の工業高校で臨時教員を経験後、東京のウェブ系ベンチャー企業に就職。

そこでシステムエンジニアを数年経験するも人間関係に躓(つまづ)き、あえなく会社を退職してしまう社会不適合者。

現在は、ニートになってしまい懐が厳しい状況だが、何とかブログで食べていこうと画策している。

たまに人が話しているときに別のことを考えてしまい上の空になってしまう悪い癖がある。

いわゆる「まじめ系クズ」であり、やらなければならないことでも直前まで重い腰が動かない危機感のなさが災いし、大学を留年。

リア充の如くハッチャケるわけでもなく、ただダラダラと学生生活を送ってしまったことを少し後悔している。

座右の銘は、捲土重来(けんどちょうらい)。「二度と同じ失敗は繰り返さない」と心に決め、己の怠惰と現在も格闘中。





経歴



  • 地元の工業高校 卒業
  • 大学 日東駒専を留年...orz
  • 母校の高校で非常勤講師として任用される
  • 他校で常勤講師へ
  • ウェブ系ベンチャーにシステムエンジニアとして入社
  • 人間関係に躓き退職
  • NEET ← 今ココ



クズだった自分への救い



大学を留年した自分は、お先真っ暗でした。

そんな中、高校時代の担任の先生から非常勤講師のお話を頂き母校で働くことになりました。

元々、クズだったため勉強の習慣が完全に身についていませんでした。

そのため大変な思いをしましたが、生徒の前で恥はかけないと根性で乗り切りました。

本当に、先生が機会を下さらなかったら当方は完全なクズに成り下がっていたと思います。



コミュ障には教員は向いている



意外に感じる方もいるかもしれませんが、学校の授業は担当教員のペースで進めることができるためか、コミュ障が脚を引っ張ることはありませんでした。

他の教員との関わりもありますが、最低限のビジネスマナーさえ心得ていれば問題ありません。

というのも、非常勤講師の仕事は、基本的に教科指導のみで、部活動の監督や引率、その他事務・雑務(校務分掌)をやらなくていいため、必要以上のコミュニケーションが必要なかったりします。

これが、コミュ障・あがり症の自分でも職務を全うできた理由だと思います。

ちなみに、教員免許は持っていません。「工業」科目の臨時免許を頂いて働いていました。





ひたすら人間関係に悩む人生



思い返せば、小学校高学年から人間関係に悩むようになっていました。



悪夢の始まり



どういうわけか、小学校高学年から他の友達のように冗談を気兼ねなく言ったり、ふざけ合ったりができなくなってしまい、いつの間にか自分だけがクラスであだ名が無い状態になっていました...。(苦笑)

何となく人との心の距離が遠くなり始めたのを感じたのがこのときからです。まさか、悪夢の始まりだったとは夢にも思っていませんでした。

そして、小学校を卒業し、中学生になって最初の壁にぶつかりました。



地獄の中学時代



それは、小学校とは180度変わった生徒間の上下関係や、学業においては中間・期末テストといった何処となく厳格な雰囲気という壁です。

当方はこれに圧倒されてしまい、人目を気にし過ぎる性格が手伝って保健室登校になってしまいました。

しかし、まじめに勉強しているクラスメートと比べ、当方は勉強が大幅に遅れていたことでこのままではマズいと思うようになり、クラスへの復帰を決意します。

何とかクラスに復帰しましたが、当時の自分にとっては過酷な現実が待ち構えていました。

友達はみんな、保健室登校だった自分からは離れていってしまい、ボッチ化してしまったのです。

まあ、当然の結果ですね。今だからその理由を理解できますが、クラスのみんながそれぞれに頑張っている中、当方だけが頑張らずにやるべきことから逃げていたわけですからね。

どんなに「正当」な理由があろうとも、他人はそんなことは言い訳にしか捉(とら)えず、特別な理由で責任を免除された者に対し不信感を感じるものです。

当方が保健室でサボって大事な中1の期間を無駄にしていたとき、彼らは、勉強や部活に精をだして取り組んでいました。

立つステージが友達と当方とでは大きく異なっていたことは言うまでもないでしょう。

これらの理由から、当然、不釣合いな落ちこぼれは淘汰されるのが自然の流れというわけです。

やがて、当方はクラスでイジメに会うようになってしまいました。

しかし、当時の自分にはイジメられる理由がさっぱり分かりませんでした。



人目を気にする性格に苦しむ高校・大学時代



高校・大学時代では中学とは打って変わって、特に他人との摩擦を起こすことも無く安寧に日常を遅れていたと思います。お互いにもう大人になってきていたからでしょうね。

しかし、それでも心のどこかにモヤモヤした感情を秘めながらも、愛想を振りまいて本音を言わないように友達と接していました。

そうやって接してさえいれば、他人と上手くやれると信じていたからです。

でも、他人が喜ぶように愛想を振舞いて接しているにも関わらず、なぜか友達との心の距離はどんどん遠ざかるものを感じずにはいられませんでした。

当時はそのことが本当に謎でした。

時に理不尽にキレたり不平不満を言ったりする人の方が、なぜか人と楽しそうに話したりふざけ合ったりすることができているのです。

それに気づくことができたとはいえ、中々人に自分を見せる勇気が出ないまま悶々とした日々を過ごし、大学時代にはついに大学を留年をしてしまいました。



人間関係を克服した教員時代



母校の非常勤の後、常勤の講師として某県立工業高校で働いていたとき、ふとした切っ掛けで同僚の教員との関係を拗らせてしまい、中学時代以来の地獄の半年を過ごしました。

理由は、非常勤講師のときのように教科指導のみを行っていればいいわけではないので、そのような気分のまま常勤を勤めたことに問題があったのでしょう。



すぐにでも辞めたいと思いながらも、それなりにいい仕事に就けたことと今まで何事も中途半端だったことに後ろめたさを感じていたこともあり、絶対に途中で辞めるわけにはいかないと思い耐えるしかありませんでした。

そんな中、もうすぐ任期の半年が迫ろうとしたとき、他人の目を気にしなくなっている自分に気が付きました。

皮肉なもので、自然と周囲の同僚たちも心を開くようになり、教員を辞めるころにはその同僚との険悪さは全く無くなっていました。

苦手克服には荒療治が功を奏すときがある、ということをここで学びました。

何事も、悪循環を断つためには時に流れに逆らって進むしかないのです。

それから、教員を辞めSEに転職します。



周囲との摩擦は自分に対する洗礼



同僚と関係を拗らせた理由が何なのか今だから分かりますが、学生気分が抜けきれていなかった自分と同僚のベテラン教員たちとで、職務への士気に大幅な隔(へだ)たりがあったためです。

中学時代と共通しますが、周囲と摩擦を生じさせた最大の理由は、組織行動において異端だったことが挙げられます。

周囲は、テストでいい成績を残すことだったり、生徒をより良く指導するためだったり、何らかの目的遂行のためにそれぞれが必死に仕事や勉学に打ち込んでいます。

そんな中、一人だけ浮ついて、目的遂行に真剣に取り組んでいない者が同じ土俵にいたらどう感じるでしょうか?

決していい気持ちはしませんし、そんな輩は目的遂行においても感情の面でも単に邪魔なだけなのです。

周囲の流れに逆らったマインドでその場にのさばっていたからこそ受けた洗礼であると思えてなりません。



パワハラ理不尽上司に狙われて終了



教員を辞め、SEとして入った東京の会社はベンチャーということもあり、大変人数が少なく社長を含め6人しかいませんでした。

いつの日からか、その内の一人が当方に対し理不尽な対応をするようになり、教員時代で培った鋼のメンタルで暫くは耐えていたのですが、あるとき怒りが爆発し上司とケンカになってしまいました。

それから段々と居場所がなくなり、社内ニートになっていきました。

そんな中、唯一の救いがありました。理解を示してくれる先輩の存在です。先輩もその上司に密かに悩まされており意気投合しました。

当方の主観だけでなく、その先輩の意見も相まって上司が理不尽で支離滅裂なのは明らかであるのに、社長は当方を切る方を選択しました。

会社に貢献しているのはその上司の方なので当然の結果ですね。

そして、その会社も辞めることになり、地元に戻ることになりました。

その後、暫くして先輩もその会社を退職したと連絡がありました。

これに関しては、運が悪かったとしか言いようがありません...。





最後に



まだまだ若輩者ですが、ここまで生きてきて思うのは困難なとき程実はチャンスということを実感として学びました。

人間は切羽詰ったり背水の陣を敷いたときこそ、躊躇(ためら)いや恥の感情を捨てることができるので、必要な行動を起こすことができるのだと思います。

また、自分の軸でものを考えないと、このような敵(と勝手に思われてしまっている人w)ばかりの環境だと生きていけません。

これが功を奏し人の顔色を伺うマインドを無意識レベルで克服できたのだと思います。

自意識過剰を克服するには、たくさん恥をかくことが近道だったりしますからね。



とはいえ、自分からわざわざ辛い状況に飛び込めといっているのではありません。

それは一か八かの賭けであり、誹謗中傷に耐性が付く前に潰れてしまう場合だってありますからね。

環境を見定めて、明らかに無理ならその場から速攻で逃げましょう。(笑)

それでは、共感した方もしなかった方も、ここまでお読みいただきありがとうございました。